東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1636号 判決 1968年3月29日
控訴人 鈴木慶三郎
控訴人 川瀬光江
控訴人 小堀一雄
右三名訴訟代理人弁護士 磯部保
被控訴人 神田信用金庫
右訴訟代理人弁護士 清水一
同 小宮正己
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
本件につき、当裁判所が昭和四〇年七月二七日付をもって為した強制執行停止決定を取り消す。
前項にかぎり仮りに執行することができる。
事実
<全部省略>
理由
東京法務局所属公証人田部顕穂作成昭和三四年第一四五一号消費貸借契約公正証書に控訴人小堀主張の執行受諾約款のある債権の記載があること、別紙目録記載(一)(二)の土地建物が控訴人川瀬の所有にして、右土地建物に控訴人鈴木及び同川瀬主張の各登記の存すること、同目録記載(三)(四)の土地建物が控訴人小堀の所有にして、右土地建物に同控訴人主張の各登記の存することは、当事者間に争がない。<証拠省略>によると、建築業を営む訴外東邦信建株式会社(以下東邦と略す。)は、建築主から請負金額の三分の一にあたる頭金を欲し、或は、建築主所有の不動産等を担保に供させて自ら右頭金に相当する資金を調達し、一方、建築主をして訴外静岡相互銀行との間に相互掛金契約を締結せしめ、その給付金で請負代金の支払を受ける方法により月賦建築を行なっていたところ、建築主が右給付金の支給を受けるまでの間の下請人に支払うべき工事金を工面することが困難となったので、被控訴人からこの間のつなぎ資金を調達すべく昭和三四年三月被控訴人末広町支店に取引を申込み、先ず同月六日定期積金契約を結んだうえ当座取引手形割引、手形貸付及び証書貸付の契約を結んで融資を受けることに成功したが、間もなく融資額が七〇〇万円を起え、ほぼ被控訴人の貸付限度額八〇〇万円に達し、貸付を中止されたので、建築主を被控訴人と直結し、建築主自身を債務者としてその所有不動産等を担保に供して被控訴人から工事金の融資を受けさせ、これを利用して自己の資金繰りに充当しようと考え、右の方法による融資方を被控訴人に申し入れ、かくて建築主の借り入れた建築資金は、直接東邦の被控訴人に対し有する当座預金口座に振込ませることについて、被控訴人の諒解を得たうえ建築希望者に対しては、被控訴人よりの融資金は東邦の口座に直接振込まれることとなるが、該融資金は、これを三分し契約時、上棟時、建物完成時にそれぞれ引き出されることとなるとの趣旨をもって勧誘した結果、控訴人小堀は、建築資金の持合せはなかったが、別紙目録記載(三)の土地を担保に提供して右土地の上に同目録記載(四)の建物を建築することとし東邦に見積らせたところ、金一七五万円で建築出来るとのことであったので、同年六月一七日被控訴人に建築資金一七五万円の借用を申込んだこと、しかるに控訴人小堀は、従来被控訴人と取引関係が無かったため、融資金担保のため定期預金をすることを要求せられたので、この定期預金に供する金員をも併せて借り受けることとし、同月一七日右(三)の土地に元本極度額一七五万円の根抵当権を設定して建築資金と定期預金額合計金二三〇万円を利息日歩四銭元本のうち一七五万円は同年六月から昭和三七年五月まで毎月金三万五、〇〇〇円宛昭和三七年六月に残額五二万五、〇〇〇円を支払う約で被控訴人より借り受けるとともに借受金不払を条件とする右土地についての停止条件付代物弁済契約及び停止条件付賃貸借契約を締結し、右借受金額から定期預金、出資金、登記費用、公正証書作成費用、一ケ月分の利息を差引いた残額は、東邦の当座預金口座に振込むことによりその授受を行なうものとし、被控訴人に対し右金二三〇万円の領収証を発行したほか、右融資は証書貸付によって行なわれた関係で公正証書を作成する合意に基き、公正証書作成の嘱託に必要な委任状印鑑証明書及び登記申請に必要なこれらの書類を被控訴人に交付し、被控訴人は同日、右約旨に従い、控訴人小堀の諒解の下に定期預金五五万円、出資金五万円登記費用二万六、〇〇〇円、公正証書作成費用四、〇〇〇円、一ケ月分の利息二万七、六〇〇円を差引いた一六四万二、四〇〇円を東邦の当座預金口座に振込み控訴人小堀から預った委任状、印鑑証明書を用い、東京法務局所属公証人田部顕穂に右消費貸借についての公正証書作成を嘱託した結果同控訴人主張の公正証書の作成及びその主張の各登記がなされ、同年八月五日建築中の右(四)の建物につき被控訴人は、同控訴人との間に追加担保契約を締結するとともに、右建物につき右(三)の土地と同様に停止条件付代物弁済契約及び停止条件付賃貸借契約を締結し同控訴人主張の各登記がなされたこと、控訴人鈴木も、東邦の前記趣旨の勧誘により別紙目録記載(一)(二)の土地建物を担保に供して同人の妾である控訴人川瀬のため右(一)の土地上にアパートを建築するため、被控訴人に対し、同年七月一三日建築資金一四〇万円の借用を申込んだところ、控訴人鈴木も被控訴人と従来取引がなかったため金三〇万円の定期預金契約の締結を求められたので、右金員も併せて借り受けることとし、同月一四日控訴人川瀬をして東邦との間に工事請負契約を締結せしめたうえ同月一五日被控訴人から金一七〇万円を利息日歩四銭弁済期昭和三七年七月一四日の約で借り受けるとともに、建築費支払のため給付金額一四八万八、九一七円毎月の掛金三万八、九〇〇円の定期積金契約をし、控訴人川瀬を代理して右(一)(二)の土地建物につき元本極度額一四〇万円の根抵当権を設定したほか、控訴人小堀の場合と同様右(一)(二)の土地建物につき停止条件付代物弁済契約及び停止条件付賃貸借契約を締結し、右消費貸借については公正証書作成の合意に基き、公正証書作成に必要な委任状印鑑証明書及び登記申請に必要なこれらの書類を被控訴人に交付し、借受金から定期預金、定期積金、登記費用、公正証書作成費用、一ケ月分の利息等を差引いた残額を東邦の当座預金に振り込むことにより借受金の授受を行うこととし、被控訴人は、右約旨に従い、同日定期預金三〇万円、出資金二万円、定期積金三万八、九〇〇円、登記費用二万六、〇〇〇円公正証書作成費用四、〇〇〇円、一ケ月利息二万一、〇八〇円のほか建物完成後支払うべき別段預金二〇万円を差引いた金一〇九万〇、〇二〇円を東邦の当座預金口座に振込み、控訴人鈴木から金一七〇万円の領収書を徴し同控訴人から預った委任状印鑑証明書を用いて東京法務局所属公証人田部顕穂に対し右貸付金についての公正証書作成を嘱託した結果同控訴人ら主張の公正証書の作成及びその主張の各登記がなされたこと、東邦は、右各請負契約の後訴外野沢工務店こと川津武司に工事を下請けさせたが、資金繰に窮した結果野沢工務店宛に振出した工事代金支払のための手形も不渡にする始末で、同工務店は、同年八月下旬控訴人小堀の建物は上棟後外壁ラス貼を終えた頃、また、控訴人川瀬の建物は上棟にいたらずして工事を中止したので、控訴人鈴木及び同小堀は、融資金の処理につき被控訴人に問合わしたところ、一旦は、工事金の三分の一が東邦の当座預金口座から引出されたに過ぎないとのことであったので、控訴人鈴木は、控訴人川瀬を代理し、控訴人小堀とともに野沢工務店との直接の請負に切り換えて工事を続行することとしたところ、工事金は既に全額被控訴人から東邦に払戻すみであることが判明したので、善後策について被控訴人と折衝した結果、先の根抵当権の元本極度額を増やして借増を受け建築工事を完成することとなり、被控訴人より控訴人小堀は、同年九月二三日元本極度額を二三五万円に変更したうえ同月二六日金六〇万円を借り受け、控訴人鈴木は、同年一〇月一日控訴人川瀬を代理して元本極度額を一九〇万円に変更したうえ同日金五〇万円を借り受けたことが認められる。<証拠省略>中右認定に反する部分は、措信しない。
以上認定の事実によれば、被控訴人は控訴人らとの契約に基き、定期預金等の手段をとったうえ被控訴人よりの融資金のうち工事金に充てられるべき金額については東邦の当座預金口座に振り込んだのであって、契約時、上棟時、建物完成時に三分し、被控訴人において東邦の当座預金口座よりの払戻をなすべき旨の合意が控訴人らと被控訴人との間に成立した事実は、採用しがたい原審及び当審における控訴人鈴木、同控訴人小堀各本人訊問の結果を措いて他にこれを肯認するに足る資料がないから、控訴人鈴木同小堀において現実に現金の交付を受けなくとも、現金の授受と同一の経済的価値があるものとして消費貸借は成立したものというべきであり、右に基く各登記及び公正証書も有効と認めるべきである。
そこで、控訴人らの詐欺の抗弁について考えるに、東邦において控訴人らの建物を建築する意思、能力がなく、旧債の返済にあてるため本件消費貸借の斡旋をしたとしても、被控訴人が東邦と共謀の上本件消費貸借を締結した事実及び被控訴人において東邦の右意図を知っていたことについては、これを認める証拠はない。
以上の次第で、控訴人らの本訴請求が失当であることは明白であって、控訴人らの請求を棄却した原判決は、相当である<以下省略>
(裁判長裁判官 仁分百合人 裁判官 小山俊彦 池田正亮)